僕は基本的に宗教に依存する方ではないけれど、
ブッダ(釈尊)の言葉(=仏教ではない)だけは
支持したいし、同意できる。
その最大の理由は
ブッダ(釈尊)の以下の言葉にだけは全面同意できるからだ
その言葉とは・・
生きることは苦である
この言葉に初めて出会ったときは
正にわが意を得たり!
と感じた。。
ほとんどの他の宗教
(ブッダの原始仏教以外の仏教[大乗仏教運動後の仏教や日本で開祖された日本独自の仏教等々]も含め)
生きる事は大切
とか
生きる事は素晴らしい
等々
だから
生きなさい、死はいけない
等々
生きることを賛美し、
死をいけないもの
としている
(僕の知る限り)ただ一つブッダ(釈尊)だけが
生きることは苦である
と言い
生きる事を決して(必要以上に)賛美していない。
(これも僕の知る限り)キリスト教
(キリスト教もイスラム教も元はユダヤ教だったらしいからユダヤ教と言った方が良いのかもしれないけど)
このキリスト教などは
生きる事を
「神から肉体を与えられた状態」だから
その肉体を滅ぼす事、つまり死は神への冒涜だから罪である
というような解釈をしているようだ。
そして
キリストを信じれば死後(肉体が滅びても)も
永遠の命を約束される
ということのようだ。
翻って、ブッダ(釈尊)の言っている事は・・
全てものは諸行無常であり発生しては消えてゆく
永遠なるものは存在しない
永遠の魂さえ否定している
大乗仏教運動後の仏教でも死後は仏になると
言っているようだけど
そうした仏の救いや神の救い等々の
神秘的な救いなどこの世には存在しない
というようにブッダ(釈尊)は(永遠なるものは一切存在しない)言っているようだ。
そし全ての事象は因果律(原因と結果)によって
起こっているとも言っている
そして生きている人間がその苦から逃れ方法は
唯一自分自身の心の持ち方(考え方)次第だと言っている
他のほとんどの宗教とは真逆だと思う。
そして徹底したリアリストだと感じた
だから僕は同意できるのだ。
あと、僕はあの全身麻痺状態の世界的理論物理学者である
ホーキング博士が
「この世には神(創造主)など存在しないと考えた方が最も納得できる」
と最近言い放ったことからも
ブッダ(釈尊)のリアリスト的考えが正しかったのだ
と感じている。
あの有名な物理学者のアインシュタインでさえも
宇宙の始まり(この世の始まり?)であるビッグバン
について
無から有が生まれる事が
説明できなくて
「神(創造主)がいると考えざるをえない
と言っていようたけど、
ホーキング博士はビッグバン(無から有が生まれる事)の
可能性を見事に証明してみせた。
(ホーキング博士の理論等々で)話が長くなってしまっけど
そんな事からも
益々僕はブッダ(釈尊)を支持(崇拝ではない)するのだ。
結論として、僕は
生きる事と死ぬことが正しいとか
正しくないとか関係なく(そんなことはどうでもよい)
生きる苦しみが耐えられるレベルに
自らコントロール和らげる事ができるなら、
生きている方が苦楽を含め、いろんな事があり
面白いから生きるけど
(今は6年前障害者になった直後よりは
苦をコントロールできているから生きていると思う
でも、もし、
(先日、尊厳死を選んだ治癒不能な脳腫瘍の米国人にように)
自らコントロール不能な苦しみがあるのなら
生きている価値など微塵も感じないので
たぶん死を選ぶんだろうな・・
などと
今少し時間が暇な僕は考えたりしている。。
余計な考えとらんで、早う仕事を探さんかいってか!?(^_^;)
まぁ、高杉晋作の死のの直前の句である
おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり
じゃないけれど
苦しい人生も面白く生きるかどうかは自分の心次第
だと思うし
もしそうできないなら、死んだ方がマシ
かな・・
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僕がブッダ(釈尊)を支持したい理由
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